轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上義夫『文化史上より見たる日本の数学』。同一底本的分册已合并为一书。收入:文化史上より見たる日本の数学、芸術と数学及び科学、和算の社会的・芸術的特性について、数学史の研究に就きて。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,999 字 · 192 页
六 和算家の趣味
幕府及び諸藩に追々と天文方を置いたり、また算学師範を任命して数学を教授させたりしたことも数学の発達を助けることとなった。山路主住が幕府の天文方に入り、戸板保佑が仙台藩の保護の下に山路に師事したごときはその例であって、ずっと後には諸藩の数学者に師範役の人も少なくなかった。
民間から幾多の人物の出たこともまた著しいのであって、地方の庄屋など勤めている人達が勘定方の人が数学に入ったのと同様に数学を始めたものもあるが、また商家の出身もあれば、諸侯中にもその人が出て全く実用上に関係のない人物中にも少なからず広まったのである。これにはもとより原因がなければならぬ。これはもとより趣味の問題であった。
六 和算家の趣味
和算のまだ発達せざる遠き以前に継子立のごとき趣味の問題が行われて、数学に対する趣味は日本人元来の素質中に含まれていようとは、それからだけでも推察し得られるのであるが、支那の数学を受け入れて数学の学修が起こってから、この趣味ははたして多大に現われてきた。『塵劫記』は支那の『算法統宗』を土台としてできたといわれるけれども、この書物からして例の継子立の問題を説いている。