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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
01 第一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页
咽びかける唇を袂に抑えて、母は奥へはいって行った。そして一さしの銭を日吉に渡した。
「いらない。いらない」
日吉は、首を振ったが、おつみは姉らしい思いやりを声にこめて、これから世間へ出るのに、おかねがなくてどうするかと叱った。
日吉は、かねよりも、も一つ欲しい物があった。
「おっ母、これよりも、おらにお父さんの持っていた刀をくんないか。お祖父さんの時からあるあの刀を――」
七歳の頃、実父の弥右衛門が見せたあの伝来の刀を、日吉は、忘れてなかったとみえる。
――が、彼の母は、どきっと胸を衝かれたように、
「刀よりは、おかねの方が、身の護りになる。刀は、思い止まっておくれ」
と宥めすかした。
日吉は、すぐ察して、
「ないの」
と訊ねた。
「……ああ。ないよ」
云い辛そうに、母はいった。筑阿弥の酒の代に、それはとうに売り払われてしまったのである。
「じゃあ、あれでいい。――おっ母、物置小屋の中の錆刀ならあるだろう」
「あ……。あれなら」
「いいかい。持って行っても」
日吉は、母の顔いろに、気がねをしながら、念を押した。
やはり七歳の時だった。そのボロ脇差を見つけて、どうしても欲しいと駄々をこね、さんざん母を泣かせたことをも……彼は覚えていたからであろう。