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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

01 第一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页

青空文庫

彼女が、姿を見せたのは、たった今のことだという。五郎大夫は、子を宿の者に頼んで下僕の捨次郎と共に、城内の街を隈なく探しあるいた。

見つからない。――梨琴のすがたは、とうとう見つからなかった。

日は暮れてしまう。

夜は深くなる。

かえって、宿の者が、五郎大夫主従を探しぬいて、やっと追い着き、

「もう、船が出ますぞ」

と、いう。

あわてて、荷物や子どもを、浦江の岸へ運んでもらい、蘆荻のあいだに繋いである小舟に乗りこんだ。

便船は、江の中ほどに、碇を下ろしている。そこまで小舟で行くのだった。

暗い水に怯えたのか、小舟が揺れ出すと、嬰児は、ひいッと泣き出した。

「泣くな、泣くな。何をお泣きやる。……よし、よし」

――すると何処からか、琵琶の音がながれて来た。この辺に水楼の灯は見えない。江一面に、蘆荻と暗い水の戦ぎであった。

「ア、梨琴じゃないか」

五郎大夫は、見まわした。

梨琴も琵琶が上手であったからである。――だが、櫓を把っている船頭は、少しも感情のない声でいった。

「旦那、ご存じありませんか。この潯陽城の船着きは、むかし白楽天とかいう詩人が、琵琶行っていう有名な詩を遺した跡だっていうんで、琵琶亭があるし、それから船で琵琶を弾いて、旅のお客さまに伽をする妓がいるんでさ。