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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

01 第一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页

青空文庫

およそ侍屋敷などで、針など売れるものか否か、心得ておる筈」

「そうとばかり限りませぬ、稀には……」

「稀に――ではあろうが」

「でも、売れることは、売れますので」

「では、それはまず措いて。――かような人気のない所へ来て、何を読んでいたのか」

「へ?」

「辺りに人がおらぬと思うて、そちは密かに紙片を手にしていたが、およそ天地草木の生々と生きづく所、神の眼のない世界はない。声のない物象はない。……何を見ていたか」

「手紙を見ていました」

「何の密書を」

「おっ母さんから来た手紙を読んでいました」

意外な答えだった。

そしてけろりとしていた。

勿論、十兵衛は、その理性的な眼ざしで、

(こやつ、言葉巧みに)

と、なお、疑いを濃くしたが、わざと優しく、

「そうか。母の手紙か」

「はい」

「しからば、その手紙を、見せい。御城下の掟として、不審の者は、見当り次第、縛めて、問注所へ突き出す定めになっておる。明らかにせねば、不愍でも、役所へ引き渡すぞ。証立てのため、その母の手紙とかを、これへ見せい」

「喰べてしまいました」

「何」

「生憎、読んだ後で、喰べてしまったので」

「喰べた?」

理をもって、優しく、しかしするどく、徐々に責めていた十兵衛も、常識負けした形で、呆れ顔してしまった。