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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

01 第一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页

青空文庫

奉公一心

しかし、信長の準備は、できていた。彼は毛頭、家臣や骨肉を偽るために、暗愚を装っていたわけではなかった。

父信秀の死後、自分が一国を負って、四隣の敵国へ。

――よし。いつでも。

という構えができるまでの安全弁に、自己の偽装を用いていたのである。敵国を謀るために、自領の中に無数に入り込んでいる密偵を計るために――周囲の肉親をも家臣をも、思い込ませて来たのだった。

が、この間に、信長は人間の表裏と、社会の機微とを、より多く学んだ。彼が年少から名君らしい名君であったら、それは誰も用心して、露骨に示さなかったに違いない。

奉公一心

「猿、すぐ来い」

御小人頭の藤井又右衛門は、あたふた駈けて来て、小屋の内に休息している藤吉郎を呼びたてた。

何事かと、

「は、御用で?」

藤吉郎は、すぐ出て来た。

「お召しじゃ」

「え」

「殿様が、ふいに、其方のことをお訊ねなされて、呼んで来いという仰せ。――何か貴様、お叱りでも受けるような覚えはないのか」

「べつにございませんが」

「ま、早く来い」

又右衛門は、彼を促すと、思いがけない方へ、先に立って行った。

信長はその日、何思ったか、城内の兵糧倉から台所を一巡して、なお、薪倉炭倉などまで、検分して歩いていた。