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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

01 第一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页

青空文庫

「ははあ、甲賀だな」

「柘植村は伊賀だ」

「ああ、そうか」

「だから、貴公に奢られては、こちらが面目ない。いずれお互いに、もっと立身したら、奢りもしよう。奢られもしよう」

「そうか。知らなかった」

「まだ、風雲はこれからだ」

「そうとも、これからだ」

「預けておこう。将来へ」

「いや、よかろう」

藤吉郎は、そこでまた、よけいに愉快になって来た。

実に、社会は明るい。

彼の見る眸のまえには、陰だの暗だのというものがない。

怖ろしい秘密性を持つ乱波者のがんまくすら、彼には遂に、何も隠さなかった。織田一藩で知る者のない、身の上までを、簡単ではあるが、とうとう打ち明けてしまった。

きょう沙汰された禄は僅かに三十貫ではあるが、この三十貫のうちには、主君の信長が、ここ二年ばかりの台所奉行としての、自分の働きを認めてくれた知己の意味がこもっている。

彼は、それが欣しいのだ。炭薪の消費も、一年間の額、半分以下に減って来たが――そんな数字よりは欣しいのである。

(経済を旨とする台所方に、そちのような奴を置くのは、そもそも大の不経済――)

こう信長からいわれたのは、何にしても、忘れられない歓びだった。