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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

しかも結局は掠奪せられ恥辱を受けることに終わっている。その証拠は眼前の京都に歴然として現われているではないか。古聖先賢も財宝を謗り、諸天仏祖皆財宝を恥ずかしめた。貧しゅうして貪らざれば、右のごとき難を免れるのみならず、また諸仏諸祖も喜ぶのである。しかるに痴愚なる人は財宝を貯え嗔恚を抱く。僧侶にさえもそれがある。眼前に仏法は衰微し行くのである。自分が初めて建仁寺に入った時に見たのと後七、八年を経て見たのとの間の著しい相違もまたそれにほかならない。寺の寮々に塗籠を置いて、おのおの器物を持ち、美服を好み、財物を貯え、放逸の言語にふける、そうして問訊礼拝等は衰微している。恐らくは余所もそうであろう。本来仏法者は衣盂のほかに何ら財宝を持ってはならないのである。何を置くために塗籠を備えるのか、人に隠すほどの物ならば持たぬがいい。盗賊を怖れるからこそ隠すのでもあろうが、その物を捨ててしまえばその怖れは起こらないのだ。財物のみではない、身命もまたそうである。たとい人を殺すとも「自分は殺されまい」と思えばこそ、苦しい用心も必要になる。たとい人我れを殺すとも、我れは報いを加えじと思い定めていれば、盗賊などは問題にならないのである(随聞記第三)。