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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
ここに明らかな貴族主義がある。礼拝得髄はこの万人平等の上に立つ精神的貴族主義の標語である。
歴史的背景から見れば、道元の時代はこの平等の思想が強く主張さるべき時であった。平安朝の貴族主義は今やその根柢において覆えされていながら、なお伝統として力を保っている。武士階級も表面においてはこの伝統に逆らわない。しかし新しい社会の意識はこの伝統に昔ながらの権威を認めることを拒む。道元の言葉にもこの伝統に対する反抗の痕は明らかに認められる。「小国辺土の国王大臣」を比丘尼よりも賤しとし、あるいは「わが国には帝者のむすめ、或は大臣のむすめの后宮に準ずるあり、また皇后の院号せるあり、これら髪を剃れるあり髪を剃らざるあり。しかあるに貪名愛利の比丘僧に似たる僧侶、この家門にはしるに、頭をはきものにうたずといふことなし。なほ主従よりも劣るなり」という。当時の戦記文芸が公家階級を描く場合のうやうやしい言葉使いに比べれば、非常な相違である。ここではもはや公家階級のみが人間なのではない。公家たちが「野蛮人」のごとく取り扱って全然その眼中に置かなかった下層の武士や農民は、今や人としての全権利を主張する。