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こよみ
暦
壺井 栄
「新潮」1940(昭和15)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页
そうしながらも母親の不安も知らずに時々下腹で動く胎児をいねは不憫さのみで、その将来を思いやるのであった。
お産の日が近づくとミチは広島から、見習奉公をしていた妹のカヤノは大阪から、まるで母親の臨終にかけつけたような悲愴な顔つきをして戻ってきた。家にいる十六の八重を加えた三人はいちようの決意をしっかりと胸に叩きこみ、よるとさわると不安の目を交した。それでも母親の前ではわざとひょうきんなことをいって笑い合った。
いよいよの日が来た。二月も末の真夜中のこと、祖母はクニ子や、その上のアグリたちをつれて納屋のあげの間の方へ布団を運び、早くから寝せつけた。大きい子供たちはそわそわと目を見合って、ひそかに産褥の母親を取囲んでいたが、娘たちの力みように反して赤ん坊はあっけなく生れた。なあんだ、と拍子ぬけの態で、それでも何かと忙しく立働いていると、
「ああ、ずるずるが来そうな」
と、もう語尾は眠っているようないねの声に三人は思わず顔色を変えた。貧血から来るこのずるずるとひっぱりこむような眠気が恐いのだと聞かされているので気が気でない。ミチは年とって腰の曲った産婆に命ぜられたとおり、酢を入れた丼をいねの鼻先へ持ってゆき、がんがんおこった炭火を挾みこんではじゅんじゅん煙を立てた。