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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

「何じゃごちゃごちゃしとっておばあの目にゃ分らんがいや」

「ここで、これじゃが、これが日和山、これが的矢、のう」

八重が口早に教える。そうはいわれてもかやにとっては何十年という永の年月をついに行けなかった遠い伊勢の的矢が、今自分の膝の上で、ここじゃここじゃといわれても、八重の指先にさえかくれてしまうほどの紙の上では何か見当ちがいのものを感じるようであった。それでも嬉しげに八重の指すところを、からだをだんだん後ろへよせるようにして見つめ、

「そうかいや、そうかいや」と相づちを打ち、なおも目を細めたり、開いたりした。

「まるでこりゃ、青や赤やの絞りのきれみたような」といいながら本を手にとり上げ、腕の長さいっぱいにさしだして眺め入った。

それほど甚作どん思いのかやではあるが、お寺参りにはほとんど足が向かないらしく、それよりも次から次と殖える孫をいつも二三人ずつ引きつれて、ちょこちょこと麦飯の弁当を作り、山や磯へ遊びに行った。若い時から雨さえ降らねば外へ出て働いてきたかやには、空天井で弁当を食べる働き人のくせがいつまでもぬけきれず、腰が曲ってからでも畑のあぜに坐りこんで沖を眺めている方がお寺の畳の上より気楽なもののようであった。