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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

突然、怒ったような顔つきになり、重吉は手近の太刀魚鉤を掴んで縁側へ投げつけた。テグスについている錘が大きな音を立てた。実枝はびっくりしたが、やっと読みとれた気持で、

「ああ、釣に行きたいんかお父さん」

そういわれると重吉はきゅうにその気になり、うんうんとうなずいて、またふっふっと笑った。

短い着物に着かえて、実枝に片腕をささえられて家を出、二人は桟橋のある方へ歩いていった。

「釣れたらさしみせんか」

実枝は重吉の横顔をふり仰いでそういうと、重吉は立ちどまって、おう、おうとうなずき、

「さっき、それをいおうと思てな」と、今度はすらすらといいまた笑いだすのであった。

一年たち、二年たち、三年目の春を迎えた。寒い間じゅう一足も外へ出なかった重吉は、春が来てもその年は起きだそうとはしなかった。看護にも馴れ、実枝は重吉の病気以来好きで始めた内職の毛糸あみものがだんだん人々に受けられて、春になっても仕事はつきなかった。重吉やいねから受けた器用さと思いつきのよさ、祖母の血をついだらしい人づきあいのよさなどが人を惹くのか、引っきりなしの注文に実枝は夜を更かして働いた。