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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「そんなこと云われてもあたしにはちんぷんかんぷんだわ」おみやは苦笑した。

着替えを済ませ、脱いだ物を掛けたり、たたんだりし、また茶の支度をしながら、彼女はつぎつぎと質問をした。

――だらしのないひとだな。

新八はそう思いながら、気のすすまない調子で、訊かれることに返辞をした。

――話しをするなら、坐ってすればいいのに、着替えもしないうちに話しかけたり、湯を沸かしながら話したり、訊きもしない身の上ばなしをしたり。

と新八は思った。

――武家そだちとは思えない、まるで町人のようだ。

彼はやはり原田を訪ねればよかったと思った。そう思いながら、返辞だけはした。

おみやの兄の六郎兵衛は、日が昏れてから帰って来た。年は二十七だというが、新八の眼には三十四五くらいにみえた。痩せた筋肉質の躯で、顔は頬骨が高く、酔っているためだろうが、赤く充血した、するどい眼つきをしていた。なかなかしゃれ者とみえ、栗色の縞の着物に黄麻の羽折を重ね、白の足袋をはいていたが、帰って来るとすぐに、それらを脱ぎちらして、おみやをびしびしと叱りながら、常着に着替えた。

おみやはなにを云われても口答えをしなかった。