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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

女客

「承知しました」と矢崎舎人が云った。

村山喜兵衛はそのまま、原田家の住居のほうへ去った。部屋の中で、新八と宇乃はこれを聞いた。全部ではないが要点は殆んど聞きとれた。新八はまた宇乃を見た。宇乃はしずかな動作で、そっと弟の肩を抱きよせ、そうして、なだめるように云った。

「そうよ、泣かないでね」

虎之助は姉を見あげた。彼はすっかり眠そうな顔をしていた。

女客

七月二十五日の早朝。

原田甲斐宗輔は、自分の居間で手紙を書いていた。彼は六尺ちかい背丈で、色の浅黒い、温和な顔だちをしている。濃い眉はやや尻あがりであるが、静かな色を湛えた眼は尻さがりであった。おもながで、額が高く、その額に三筋の皺があり、その皺が四十二歳という年齢を示しているようであった。

甲斐は黙っていると四十五六にみえる。彼はあまりものを云わない、たいていのばあい黙って、人にしゃべらせている。話しをするときにも饒舌ではないし、決定的な表現は殆んどしなかった。彼は稀にしか笑わないし、それも声をあげて笑うようなことはない。一文字なりの、かなり大きな唇と、その尻さがりの穏やかな眼で微笑するくらいであるが、眼尻に皺のよる眼のなごやかな色と、唇のあいだからみえるまっ白な歯とは、ひどく人をひきつける。