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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
そして午後二時まえ、――六郎兵衛は一人の浪人者と、門から出て来た。その伴れは、あとからきた五人とはべつの男で、たぶん寺に泊っていたとみえるが、彼は野中又五郎であった。
旅籠町の通りへ出ると、そこで二人は別れた。野中は低頭して「では」と云った。六郎兵衛は目礼もしなかった、彼は野中には眼もくれずに歩いてゆき、片町の角のところで辻駕籠に乗った。
「宇田川町へやれ」と彼は駕籠の中で云った。
駕籠が芝の宇田川町へかかると、そこで彼は駕籠をおり、宇田川橋を南へ渡って、伊達兵部邸の門をおとずれた。
名を告げると、わかっていたとみえ、番士が脇玄関へ案内し、そこで若侍にひきつがれた。若侍は彼を接待の間へみちびき、「しばらく待つように」と云って去った。
彼はながく待たされた。茶と菓子が二度出され、約二時間ちかく経ったとき、中年の侍があらわれて、自分は用人の只野内膳であるとなのった。六郎兵衛は黙って目礼した。
「御用のおもむきをうかがいましょう」と内膳が云った。六郎兵衛は黙っていた。内膳がもういちど、同じことを繰り返した。
「私は兵部少輔さまにおめにかかりたいと申し出てあります」