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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
と答えた。
「では使者にでも来たのか」
「はい」と善太夫は口ごもった。
「使者に来たというのか」と甲斐は問い詰めた。
善太夫は答えなかった。そこへ大町備前が戻って来、このようすを見て、ちょっと色を変えた。
甲斐は備前を見た。
「どうぞ、御前へ、――」と備前が云った。
どうぞ御前へ、という大町の口調には、明らかにその場をとりつくろう響きがあった。
甲斐は立ちあがった。今村善太夫のほうには眼も向けなかったし、まったく気にもとめていない、という態度であった。備前はするどく、善太夫に一瞥をくれて、甲斐の案内に立った。廊下へ出たとき、なにか云いたそうに甲斐を見たが、どうやらすぐには舌が動かないようすであった。
――善太夫のいたことを弁明するつもりだな。
と甲斐は察した。
――それだけで充分だ。
と甲斐は心のなかで思った。
この下屋敷には、大町備前のほかに、侍が七人いるほか、男は小者だけで、あとは奥女中十三人、お末や端下四十七人という、女ばかりの生活であった。
大町備前が品川の家老に選ばれたのは、綱宗がこちらへ移った直後であり、選んだのは兵部宗勝である。また、今村善太夫が本邸詰の目付になったのも、ごく最近のことであるし、これまた兵部の選であることは、甲斐にはよくわかっていた。