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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

おみやはさして恥じるようすもなく、頬を赤くしながら、これも興ありげに、なんでも答えた。女は乾いた声で笑い、眼をぎらぎらさせた。

「相当なもんだ、おまえさんて人も」

「あらどうして」

「まえの武家の旦那っていうのに仕込まれたんだね」

「ぶつわよ、おばさん」

やがて表てから、雇いの茶汲み女がはいって来た。

「おそくなって済みません」

「いまじぶんよく来られたもんだね」と女は険のある声で云った。おみやはそれをしおに立ちあがった。

「あたし帰りますわ」

「まあいいじゃないの」

「でもそうしてはいられませんから」

おみやは包みを抱えた。

茶汲み女は「母親のぐあいが悪いので」と云いわけを云っていた。おみやは女に挨拶をして、その茶店を出た。

材木町の家へ帰り、隣りへ声をかけると、お久米が慌てたように出て来て、「ちょっと」と囁きながら、手まねきをした。おみやは土間へはいった。

「あの人があんたのあとを跟けてったらしいわよ」

「あの人って」

「新八っていう人よ」

おみやはどきっとした。

「ちょっとあがらない」とお久米が云った。

おみやは首を振り、声をひそめて訊いた、「あたしのあとを跟けたんですって」