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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「ではあちらで、――」

甲斐は次の間へ去った。十左もようやく立ちあがった。

甲斐は納戸へいった。そこには塩沢丹三郎が、着替えの支度をして待っていた。丹三郎は十五歳になる。成瀬久馬という同じ年の少年と二人、甲斐の身のまわりの世話をする役で、十日ほどまえに風邪をひき、小屋にさがっていたものであった。

「もういいのか」と甲斐が云った。

「はい、――」

「顔をあげてごらん」

丹三郎は顔をあげた。甲斐はその額と眼をみて、そして、頷いて云った。

「畑の子供を預けた筈だな」

「はい、――」

「親たちのことを聞かせたか」

「いいえ、聞かせないようにしておりますが、姉のほうは気づいているようすでございます」

「悲しがっているか」

「いいえ、そのようにはみえません」

丹三郎が帯をさしだした。甲斐は帯をしめながら云った。

「いずれ良源院へやるつもりだが、それまで面倒をみてやるようにと、母に申しておけ」

「はい、――」

丹三郎は暗い顔をした。甲斐はそれを認めて、「どうした」と云った。

「母が哀れがりまして」

甲斐は「うん」と眼をそらした。

「ふた親を亡くし、私どもで少し馴れましたのに、また知らぬ人の中へやるのは可哀そうだ、よろしければ、ずっと世話をしてあげたいと、申しております」