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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

伊東七十郎は二三日うちに帰国する筈で、話題はそのことから始まったが、七十郎はいつもの饒舌を忘れたかのように、黙って酒ばかり飲んでいた。

十左衛門はそれが気になるようすで、しきりに七十郎のほうへ眼をやっていた。

――すぐ口論を始めるくせに。

と甲斐はおかしく思った。

上座では志摩と小十郎が話していた。陸前にある金山の件である。あらたに兵部宗勝に加えられた領分の中に、伊達家の金山が含まれている。その鉱山から産する金は、兵部に属するか伊達本藩に属するか、という話であった。

「それはむずかしい問題だ」と片倉小十郎が云った。

「むずかしい問題です」と志摩が頷いた。

これは早く帰属をきめておかぬと、やがて諍いのもとになると思う、と志摩が云った。柴田外記は黙っていた。志摩と小十郎の話がとぎれたとき、十左が辛抱をきらしたようすで、七十郎に呼びかけた。

「伊東どの、どうかしたか」

「うん」と七十郎が振向いた。

「ひどくふさいでおるようではないか」と十左が云った。「なにか気懸りなことでもできたのか」

「七十郎は角を折ったらしい」と甲斐が云った、「このまえ涌谷さまの別宴のときにな、そうではないか七十郎」