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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
甲斐は「さて」といった。
おくみは、なにか甲斐に問いかけたいような、そぶりをみせた。久馬とおうらのことだろう、甲斐は気づかないような顔をしていた。
「帰国したら涌谷さまと会うだろう」
「どうなるだろう」と甲斐は首を振った、「涌谷さまが米谷を通じて云われたことは、私がもう一ノ関に組しているという宣告とみなければなるまい、そうとすれば、おそらく涌谷さまのほうで私には会わないだろうと思うが」
「しかし訪ねてゆかないわけにもいかぬだろう」
「どうなるか」と甲斐は云った、「そこもとが帰国したら松山の館を訪ねよう、松山からなら涌谷へも近いし、なにかの機会があるかもしれない」
「それがいいかもしれぬ」周防は頷いて云った、「私は堀普請が終ったら国老を辞任する、それからは松山の館にこもるから、どんな役にも立てるだろう」
「その必要があればな」と甲斐は云った。
周防は甲斐を見た。甲斐はおくみに手を振った。おくみは襖をあけて、廊下を見、誰もいないことをたしかめて、頷いた。
二人は妻戸口から裏へ出た。
暗闇の中に、茂庭家の従者二人と、村山喜兵衛がいた。風はないが、ひじょうな寒さで、もう地面が凍っているとみえ、従者たちが歩くと、足の下でみしみしと、凍みた土の鳴る音がした。