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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
山にはけものがいるし、川には魚がいる、川では魚をとることもできる、と云った。
甲斐は鹿の話しをした。鹿が阿武隈川を渡ることや、岩だけの山の急斜面でも、風のようにすばやく、登ったりおりたりすることや、敵に向かうときは頭をさげて、そのするどい角で突っかけ、敵をはねとばしたり、角で突刺したりすることや、ひじょうに用心ぶかくて、針を落したくらいの音でも、すぐにはねあがって逃げてしまう、などということを話した。
虎之助はすぐに疲れるようであった。
鹿の話しのあとで、甲斐は山と川のことを話した。蔵王山の雪、青根の温泉、青根の宿から見える野や、川や、海や島の景観。川は二つあって、一つは白石川、片方は阿武隈川という。どちらも魚がたくさんいる、秋ふかくなると鮭ののぼって来ることもある。
「坊も大きくなったらいってみよう」と甲斐は話した、「山へも登ろう、川で魚をとろう、熊や鹿や兎を見るんだ、坊は熊の仔が欲しいか」
「雪が降ってるね」
「冬になると、蔵王のお山から雪になる」
「雪が降ってるよ」と虎之助が云った。
聞き疲れてうっとりとなった彼の眼が、庭のほうを見ていた。その眼はすぐに、力なく閉じたが、宇乃はそっと立っていって、障子を一枚あけた。