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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
「私は里見さんが好きだ」と七十郎は云った、「里見さんは冗談がわからない、私はその冗談のわからないところが好きだ、いったい仙台藩には冗談のわからない人間が多いけれども、里見さんほど生一本で、混りけなしに冗談のわからない人は珍らしい、生死をともにするというのは里見さんのような人だと思うな」
「それも冗談か」と十左が云った。
するとおくみが成瀬久馬から銚子を取って立ち、十左の前へいって坐った。
「失礼ですけれど、どうぞ」
「たのむ、救いの神だ」と七十郎が云った。
十左はそれを睨みつけて、盃をおくみのほうへ出した。七十郎は閉口するようすもなく、こんどは甲斐に向かって、新吉原へいって来ましたよ、などと話しだした。甲斐は聞くとも聞かぬともはっきりしない表情で、黙って静かに飲んでいる。七十郎は云った。
「京町の山本屋という店で、薫という名の、きれいな妓を、御存じでしょう」
「それは、――」と蜂谷がおどろいたように云った、「それは殿のおかよいなされた遊女ではありませんか」
「原田さん御存じでしょう」と七十郎は云った、「年は十九だといっていますがね、本当は十六かせいぜい十七というところでしょうな、うれい顔で、しんとした、陰気な妓ですよ」