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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页
そんなことはどうでもいいことだが、ただ、先生の眼と自分の眼とが出っくわす瞬間が、もう一度ほしい。先生の眼だけではない、奥さんの眼とも……。
彼のこの願いは、ほとんど衝動的だった。それでいて何か無視出来ない厳粛な願いのように感じられた。もしその一瞬が得られないで汽車が遠のいてしまうとしたら、……彼はそう思っただけでも、もう何もかもがめちゃくちゃになる気さえした。
彼は急に、それまで寄りかかっていた柵をはなれ、右側にならんでいた五六人の生徒をおしのけるようにして、最右翼に出た。そこは小さな倉庫みたような建物で限られており、それ以上生徒のならぶ余地はなかったが、倉庫と柵との間には、やっと人ひとり歩けるほどの空地があった。彼はその空地を一間ほどはいりこむと、柵の一番上の横木に飛びのり、片足を建物の板壁にかけてつっ立った。それから、右手に帽子、左手によごれた手拭をつかみ、何か信号でもやりそうな姿勢になった。それは生徒の中のよほどの飛びあがりものででもなければやらない仕草だった。生徒たちは、それを見てやんやとはやし立てた。彼は、しかし、生徒たちのさわぎにはまるで気がついていないかのように、ただ一心に列車の方を見つめていた。