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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页
そんなことを考えているうちに、ふと彼の頭にうかんで来たのは馬田のことだった。馬田の不良は生徒間には周知の事実だ。それは先生たちの眼にも映っていないわけはない。その不良が、このごろは曾根少佐の家に出入して、スパイの役目をつとめようとしている。しかもそれは、でたらめな、ただ自分を安全にし、自分のきらいな生徒をきずつけるためだけのスパイなのだ!
馬田への連想は、彼の視裸を自然に道江の顔にひきつけた。そこには、たった今、彼のために泣いてくれた、うるんだ眼があった。二三日まえまでの彼だったら彼はその眼を可憐にも思い、その眼に心から感謝したくもなったであろう。また、その眼をとおして、何か知らほこらしい気持を味わい得たのかも知れない。だが、今はその眼が、恭一の眼とならんでおり、そして恭一の心と調子を合わせているということだけで、彼の気持をもつらせ、戸まどいさせる原因になっていたのである。
自分は朝倉先生を失った。――この意識は、むろん、もう彼にははっきりしている。
自分は学窓生活を奪われようとしている。――この意識も、もう彼にとって決してぼんやりしたものではない。