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しんだちどり

死んだ千鳥

吉川 英治

「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1937(昭和12)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,539 字 · 32 页

青空文庫

お名前は、御相談の成る迄申しあげられませんが、さる御旗本の御隠居様でございましてな』

『御用向は、どんな事をいたすのですか』

『へへへへ。それはもう、二十両とか、三十金とかいう、大枚のお支度金を出そうというのですから、云わずもがなで、お分りでございましょうが。――つまりその、お大名でいえば、お部屋様という格で』

『ええ、お妾ですか』

墨江が、顔色を変えたのを、周旋屋の方では、却って、呆れたような顔つきだった。

逃げるように、彼女はそこの暖簾から往来へ出て来た。

何処の周旋屋へ行っても、同じような笑いを浴びるだけだった。彼女は、自分の持っているものが、貞操以外は、誰も相手にしてくれない事を知った。

同時に、貞操の市価を墨江は知った。世間というものが急に暗黒の表にしか見えなかった。市価づけられた一日の経験に、浅ましくて泣きたくなった。

『……だが、良人の為なら』

ふと、そんな魔がさして、身ぶるいの出るような想像もしてみたが、さすがに、そこ迄は、自分を――いや良人の面目を――捨てきれない気持もする。

『そうだ。……伏原さんに手をついて』

墨江は、ゆうべ鴨を提げて訪ねてくれた、良人の友達の一人を思い出した。