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しんだちどり

死んだ千鳥

吉川 英治

「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1937(昭和12)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,539 字 · 32 页

青空文庫

追いかけて

もう、彼女の啜り泣きは、永劫にやんでいた。――俯っ伏した黒髪は、血しおの中へ、べっとりと乱れ、手はかたく懐剣の柄を握っていたのである。

追いかけて

平田賛五郎は、茫然と、家に帰って来た。(ひょっとしたら?)

と、空想して帰って来たが、やはり妻はあの儘、家に戻っていない。

彼が一日歩いた先では、殆ど何の手懸りもなかった。

『……アア』

疲れた体を投げて、賛五郎は、空虚の中に寝ころんだ。――そしてふと、意外な物を机の上にふと見出した。おととい――彼女が裏藪から一輪切って活けた藪椿の壺のそばに――

『やっ、金だ』

封金で五つ。

紛れもない正金である。五十両の金は、妻の血の結晶のように彼には見えた。熱いものがとめ途なくその眼からあふれた。

『どうして?』

と、彼は妻の苦衷をさまざまに考えてみた。――然し、そう思い惑うよりも、妻の希望に向って、驀しぐらに進むべき自分の重荷をすぐ感じた。

夜が明けると、平田賛五郎はもうかいがいしい旅仕度を身に着けていた。他の仲間もきょう品川の八ツ山下に落ち合って、そこから打連れて京都へ立つ約束になっている。

少し、時刻に遅れたので、賛五郎が八ツ山下へ来てみた時は、もう一同の姿はなかった。