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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
薄れかかった茜の雲が、急に輝き出して、白銀の炎をあげて来る。山の間に充満して居た夕闇は、光りに照されて、紫だって動きはじめた。
そうして暫らくは、外に動くもののない明るさ。山の空は、唯白々として、照り出されて居た。肌 肩 脇 胸 豊かな姿が、山の尾上の松原の上に現れた。併し、俤に見つづけた其顔ばかりは、ほの暗かった。
今すこし著く み姿顕したまえ――。
郎女の口よりも、皮膚をつんざいて、あげた叫びである。山腹の紫は、雲となって靉き、次第次第に降る様に見えた。
明るいのは、山際ばかりではなかった。地上は、砂の数もよまれるほどである。
しずかに しずかに雲はおりて来る。万法蔵院の香殿・講堂・塔婆・楼閣・山門・僧房・庫裡、悉く金に、朱に、青に、昼より著く見え、自ら光りを発して居た。
庭の砂の上にすれすれに、雲は揺曳して、そこにありありと半身を顕した尊者の姿が、手にとる様に見えた。匂いやかな笑みを含んだ顔が、はじめて、まともに郎女に向けられた。伏し目に半ば閉じられた目は、此時、姫を認めたように、清しく見ひらいた。軽くつぐんだ脣は、この女性に向うて、物を告げてでも居るように、ほぐれて見えた。