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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

実は、ほんの人の噂だがの。噂だから、保証は出来ぬがの。義淵僧正の弟子の道鏡法師に、似てるぞなと言うがや。……けど、他人に言わせると、――あれはもう、二十幾年にもなるかいや――筑紫で伐たれなされた前太宰少弐―藤原広嗣―の殿に生写しじゃ、とも言うがいよ。

わしには、どちらとも言えんがの。どうでも、見たことのあるお人に似て居さっしゃるには、似ていさっしゃるげなが……。

何しろ、此二つの天部が、互に敵視するような目つきで、睨みあって居る。噂を気にした住侶たちが、色々に置き替えて見たが、どの隅からでも、互に相手の姿を、眦を裂いて見つめて居る。とうとうあきらめて、自然にとり沙汰の消えるのを待つより為方がない、と思うようになったと言う。

若しや、天下に大乱でも起らなければええが――。

こんなきは、何時までも続きそうに、時と共に倦まずに語られた。

前少弐殿でなくて、弓削新発意の方であってくれれば、いっそ安心だがなあ。あれなら、事を起しそうな房主でもなし。起したくても、起せる身分でもないじゃまで――。

言いたい傍題な事を言って居る人々も、たった此一つの話題を持ちあぐね初めた頃、噂の中の大師恵美朝臣の姪の横佩家の郎女が、神隠しに遭うたと言う、人の口の端に、旋風を起すような事件が、湧き上ったのである。