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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

この身は、何とも知れぬ人の俤にあくがれ出て、鳥にもならずに、ここにこうして居る。せめて蝶飛虫にでもなれば、ひらひらと空に舞いのぼって、あの山の頂へ、俤びとをつきとめに行こうもの――。

ほほき ほほきい。

自身の咽喉から出た声だ、と思った。だがやはり、廬の外で鳴くのであった。

郎女の心に動き初めた叡い光りは、消えなかった。今まで手習いした書巻の何処かに、どうやら、法喜と言う字のあった気がする。法喜――飛ぶ鳥すらも、美しいみ仏の詞に、感けて鳴くのではなかろうか。そう思えば、この鶯も、

ほほき ほほきい。

嬉しそうな高音を、段々張って来る。

物語りする刀自たちの話でなく、若人らの言うことは、時たま、世の中の瑞々しい消息を伝えて来た。奈良の家の女部屋は、裏方五つ間を通した、広いものであった。郎女の帳台の立ち処を一番奥にして、四つの間に、刀自・若人、凡三十人も居た。若人等は、この頃、氏々の御館ですることだと言って、苑の池の蓮の茎を切って来ては、藕糸を引く工夫に、一心になって居た。横佩家の池の面を埋めるほど、珠を捲いたり、解けたりした蓮の葉は、まばらになって、水の反射が蔀を越して、女部屋まで来るばかりになった。