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ししゃのけんり

死者の権利

浜尾 四郎

「週刊朝日 秋季特別号」1929(昭和4)年9月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,854 字 · 61 页

青空文庫

それで私は驚いて、『貴様、殺す気か』と叫んだと思います。『貴様殺すぞ!』といったおぼえは絶対にありません。もし私がそういうのを聞いたという人があれば、それはその人の誤りです。

取っ組合になりましてから、彼女は夢中で私に掴みかかりましたので、私は小夜子を引き離そうとしましたが、彼女が死力を出してしがみついて来るので、やむなく首を右手で下から捕えて引きはなしました。その時、小夜子がどんなに乱暴に私に食って掛ったかは御らんの通りの私の腕の傷痕でお判りでしょう。それで私は腹立ちまぎれに小夜子の首を掴んだまま力まかせに前へ突き離すと、その勢いで彼女はよろよろとよろめきながら仰向けに仆れたのです。あッという間に燃え盛っていたガスストーヴの所に頭を打っ付けて、ガチャンという音と一緒に気味の悪いさけびを一声うめいたまま動かなくなったのであります。

はっきり申し上げておきますが、私は彼女を殺す気は少しもありませんでした。殺すといったおぼえもなければ、また殺す気もなかったのです。私はむしろ彼女を殺した所で私には何の利益もありません。否、絶対に他人に発見されぬように小夜子を殺し得れば格別、さもなければ小夜子に傷一つつけても、秘密がばれる場合です。