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ししゃのけんり

死者の権利

浜尾 四郎

「週刊朝日 秋季特別号」1929(昭和4)年9月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,854 字 · 61 页

青空文庫

十二

十二

機会は容易に来ませんでした。

あの大東京の真中で、私が自分の職業を利用して、殺人罪を犯し、しかして、逃れるか又は捕えられても殺人罪に問われぬような方法を実行するのは容易なことではありません。私は隠忍に隠忍して、自分の操縦する車に、彼、春一を乗せて都会の中を廻ったのでした。

夏の最中に、春一は山か海に出かけることと信じていましたが、世間を憚った故か、一家の者がI温泉に出かけたにも不拘、彼はどこへも出かけませんでした。つまり彼は公然と社会の人々に会う所を避けていたものと見えます。反之夜遊びは平気でやっていたのでした。

そうこうする中に、春一が外遊するという噂がきこえて来ました。もし彼が日本を離れたら万事休矣です。私はどんなことがあっても彼が日本にいるうちにやっつけてしまわねばなりません。私は気が気ではありませんでした。

夏も過ぎて秋の風が吹き始めました。外遊の噂はますますほんとうらしく聞えて来ます。十一月末の船に乗るとか乗らぬとかいうはっきりした事さえ耳にしました。尤も如何いうわけか春一本人は余り外遊には気が進まぬということでした。そういえば何やら屈托があるらしく初秋のころになってから彼の顔色には余り生気がなくなって来たように思われました。