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あぶらじごく

油地獄

斎藤 緑雨

「国会新聞」1891(明治24)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,624 字 · 69 页

青空文庫

七

七

約束の広小路で車は下りたが、料理屋待合船宿皆貞之進には馴染のないものばかりで、どこの敷居を跨ごうかということが、車の上からの問題でまだ決しない。戻って柳橋の袂を往復りして、淡紅色の洋脂が錆に剥た鉄欄の間から、今宵は神田川へ繋り船の妻さんが、桶を舷へ載せて米を磨いで居る背中に、四歳ばかりの小児が負われながら仰反って居るのを、面白いでもなく見て居たが、淀文と云うのは、府下の割烹店として名だけ聞いたことがあれば、そこへと心ざして橋に沿て左へ下り、右の新柳町の細路へ曲ろうとすると、角の家の腰障子を開けて出て来た小女が、じろ/\と顔を覗き込んで行ったのでたちまち怯れが差し、その隣の淀文へ這入ることが出来ずに、行過ぎて元の広小路へ出てしまった。考えれば案内もなくこの別天地へ乗附ける積りの勇気は、自分すら感ずるほどであったが、その勇気がいざ今の際となってとみに挫け、のそり/\また小戻りして、淀文近くへ来たが、玄関前の瓦斯の光が前側の塀にまで輝いて居るので、今度はそれに胆を打たれてまた這入得ずに行過ぎ、薄暗い河岸に佇んで、とても叶わない