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あぶらじごく

油地獄

斎藤 緑雨

「国会新聞」1891(明治24)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,624 字 · 69 页

青空文庫

二

黒の方の帽子を手に持って、早足に二階を駈下り、格子を出てからまた立戻って、頼みますと宿へ声を懸け、それで東京へ来て初めて、むしろ生れて初めて、楼という字の附く大割烹店へ出向いて行った。

二

鳴鳳楼というのは、大川に臨んで建てられた高名の割烹店と云うよりは集会席で、長野の懇親会はいつも此家で開かれると極って居た。貞之進は門内へ曳込もうとする車を両三歩手前で下り、賃銭を払ったついでに会費と名刺とを取り出して一緒に握み、それを玄関口に立って居た幹事に渡して、あなたこちらですと楼婢に案内されて二階へあがれば、なるほど、三時は今途中で聞いたのに、来会者は僅々三四十人に過ぎない。

黒天鵞絨の薄い小形の不断使いの座蒲団が順好く并んで、その間に煙草盆が、五歩に一楼十歩に一閣という塩梅式に置かれてある。されどまだ坐を定めた者はなく、向って右側のまんなか所の、杉を磨いた丸柱の前に団まって、移庁論の影弁慶が、南部だとか北部だとか、鮭の鑑定でもないことを云って居るのがあれば、その後を環る椽の欄干に凭れかゝって、万治以来話でも位置の知れた両国橋を、あすこですなと新しそうに指さして居る