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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

「わしはそこで飛び上がったのさ」

「飛び上がった? 空へねえ」

「すると自然と翔けられるのだよ」

「へえ翔けられる? 空をねえ」

「お前も一緒に翔けるのだよ」

「妾もねえ? うれしいこと」

「でも行手に山があってねえ」

「山が? へえ、高いんでしょうねえ」

「そりゃア天より高いんだよ」

「たいへん高いんでございますねえ」

「でもわしたちは翔け上がって、山の頂きを越そうとするのさ」

「それはそれは、越せましたかしら?」

「うしろからはドンドン追ってくるのだよ」

「それは恐ろしゅうございますねえ」

「山の頂きまで翔けたんだけれど、どうにも足の先が山に引っかかって、向こうへ越せそうもないんだよ」

「そうして背後からは恐ろしい者が追ってくるのでございましょう」

「あ、そうなのさ、追ってくるのさ。恐ろしい恐ろしい恐ろしい者が。それでわしは叫んだよ『菊女や菊や助けておくれ――ッ』てねえ。……するとその拍子に眼がさめてしまった」

萩丸はこう云ってあどけなく笑った。

菊女は涙が出そうであった。

(夢の中でも妾のようなものに、助けて貰おうとなさるのだよ。なんてまア! なんてまア!)

萩丸が可愛くてならなかった。