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ねこののみとりぶし
猫の蚤とり武士
国枝 史郎
「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页
伊豆守は眼を伏せた。
その唇は痙攣し、その頬も痙攣していた。
(これは美しい感情だ)
姉小路卿はそう思った。
(このような一代の大政治家が――鉄のような意志と神のような智恵との、権化そのもののようなこの人が、壮年の頃とは云いながら、女に対して恋などをし、しかもそれを今日が日まで、二十年後の今日が日まで、思い出として持っていたとは! ……これは美しい感情だ!)
自分にも涙が催された。
で、二人はまた黙した。
「これはお噂ではございますが」
と、姉小路卿はやがて云った。
「簾子姫には幾度となく、お輿入れの話がありましてな、九条家や中山家や近衛家などから、懇望されたそうにございますが、どうしたことかどれにもこれにも、厭じゃとばかり仰せられて、お断りなされたと申しますことで。……それで今日では尼僧かのように、いつも一室にとじこもりまして、香をたき花を活け、写経をし古書籍を読み、浮世をすてたようなありさまで、お暮らしなされておられますそうで」
「ははあ」
と伊豆守はそれを聞くと、空洞のような声でそう云った。そうしてまたも思いに沈んだ。が、ややあって云いにくそうに云った。