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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

「さようさよう嵌めこまれているよ」

「としますとこの雛一対の値……」

「一万両じゃということじゃ」

「一万両! それはそれは! まことに胆のつぶれるような話で」

「贈るお方がご老中筆頭、松平伊豆守信綱公で、贈られるお方が関白職の、鷹司卿のお妹君、簾子様とあってはその贈物が、一万両ぐらいしなければのう。……ところで……」

と云って来て姉小路卿は、困ったような顔をした。

「わしは明後日江戸はたつが、ほかへこっそり廻らねばならぬ」

この言葉は民弥にとって、全く寝耳に水であった。

「どこへおいでなのでござりますかな?」

「保養じゃ保養じゃ」

と姉小路卿は笑った。

「こっそり伊香保の温泉へ行ってノンビリ湯治するつもりじゃ」

「それは結構にござりますなあ」

こうは民弥は云ったものの、

(大変だ)

と、心中では当惑した。

(頼宣卿へ手渡す密書、同志宥免の嘆願書は、一日を争う火急のものなのだ。まごまごしていて期におくれたなら、同志は刑殺されてしまう。……明後日江戸を立って京都へ帰る――ということであったればこそ、宥免状をたずさえて紀州へ行くことを、自分でも引き受けたしまた同志にも、ああねんごろに頼まれたのだ。