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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

見えた。

「南無三宝! ム――ッ」

とばかりに、兵庫は心顛倒し、痣の浪人の存在を忘れ、右内の方へ駈け出そうとした。

と痣の浪人の体が、ユラリとそっちへ位置を変えた。

依然として蛇の腹かのような、蒼白い刀身が差しつけられている。

「ムーッ」

と息を詰め呻いたものの、兵庫はその刀の切っ先に抑えられ圧せられ挫かれて、一歩も進むことが出来なかった。

その間も右内の舁ぎ上げられた体は、月光と靄との畷道の上を、町の方へ運ばれて行く。

やがて姿が見えなくなった。

と、痣の浪人であるが、そう知ったと見えてスルスルと下がり、クルリと兵庫へ背中を向けると、まったく兵庫を無視した態度で、これも燈火のチラツイている、町の方へしとしとと歩き出した。

あくまでも嘲弄したこの態度に、兵庫の心は掻きむしられた。

「悪漢!」

背後から右肩を袈裟掛け!

「うふ」

鬼神だ! その早業! 痣の浪人は振り返りざま!

閃光!

「わッ」

「チェッ」という舌打ち!

見よ兵庫は地に仆れ、舌打ちをした痣の浪人は、いつか刀を鞘に納め、懐手をしたまま悠々と、町の方へ歩いて行くではないか。

それから十日ほどの日が経った。