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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

枝ぶりの、尋常でつつましいのと、渋く、見飽きのしない葉の色とに、彼はひじょうな愛着を感じていた。それを妻の居間の、前へ移したのは、その木に、自分の心を託すという、ひそかな想いをこめてのことであった。

朝食の膳には坐ったが、それはかたちだけで、なにも喰べずに、箸を措いた。

杉乃はなにも云わなかった。

食事をしないことにも、なにも云わなかったし、着替えのとき、肌衣を新しい白い物にしたときも、やはりなにも云わなかった。孝之助は父のところへ、挨拶にゆき、玄関へ出て、履物に足をおろしてから、ふと、ひと言だけ、なにか妻に云いたい、という衝動を感じた。それは口までつきあげてきたが、硬い、無表情な、杉乃の顔を見ると、つい云いそびれて、そのまま外へ出た。

大雲寺ヶ原というのは、城下町を東へ出はずれたところにある。

それは北畠の山荘のある丘陵が、染井川へと、低く裾をひく地形であって、俗に「柊寺」と呼ばれる、大雲寺が、丘ふところの森の中にあり、その前に、道を隔てて、かなり広く(一方は染井川の岸に到るまでの)草原がひらけている。眺めがいいので、城下の人々の恰好な行楽地になっていたし、ことに秋草のころは、野宴を催すものが多かった。