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ちくはくき
竹柏記
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页
八束は唇を歪め、初めて刀を抜いた。
「下賤とぬかしたな」
木屋徳がとびかかった。威しの役にしか立たない腕である、躱しざまに、その脇腹へ、みね打を呉れた。肋骨でも折れたか、鈍いいやな音がし、がくっと半身を跼めながら、木屋徳は転倒した。
八束は蒼くなった。孝之助の顔も蒼かったろう、呼吸は平静だと思うのに、胸が固く硬ばり、喉の奥に吐きけを感じた。
絶叫して八束が踏み込んだ。孝之助は迅速にまわりこんだ。八束は間を詰め、間を詰め、瞬時も離さず孝之助の眼を、自分の眼でつかみながら、上段から打ち込み、斬り返し、突き、そしてまた打ち込んだ。そんな太刀捌きがあるものではない、まるで自暴自棄、自殺でもしたがっているようにみえた。孝之助は左に右に避け、跳び退き、かつ外しながら、相手の刀の伸びたところを、巧みにはねあげた。刀は八束の手からはね飛んだ。孝之助も刀を投げ、八束にとびかかって、組み伏せた。
八束は柔術ができる。しかも、かなり達者であることを、孝之助は忘れていた。二人の位置は逆になった。八束の片手が孝之助の喉にかかった。彼の荒い息、充血した眼、歯を剥きだした口、凄いほど歪んだ顔が、上からのしかかって来た。