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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

……孝之助は怒りを感じた、長廊下で会ったときの、八束の昂然とした態度が思いだされる。堕落の沼から救いあげられ、今やおのれの世を迎えつつある、という確信の上に居据わって、(さりげなく)借りた金のことなど口にするさまが、孝之助は鮮やかに想像されるのであった。

――これははっきりすべきときだ。

笠井の耳にもはいったとすれば、そして、八束の身分もいちおうおさまったのだから、こういう不愉快な点だけでも、話しておくべきだろう、孝之助はそう決心して云った。

「明日、下城のとき、笠井へ寄るから、そのじぶんにおまえもいっていて呉れ、そこでよく話すとしよう」

「ではやはり」杉乃は唇を歪めた、「――そういうことがあったのでございますね」

「いやそんなことはない、まるで事情が違うことだ」

こう答えて彼は顔をそむけた。

その翌日は下城が後れた。というのは、出仕するとすぐ家老に呼ばれ、勘定奉行に仰せつけられる、という旨を、伝えられたのである。家老は和達友三郎といって、ごく温厚な但しそれだけの人であったが、どうして急に、そんな仰せが出たか、自分でも見当がつかないというようすであった。