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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

孝之助の表情は、殆んど絶望したもののように歪んだ。

――そういうことは不自然ではないだろうか。

叔母の千寿の声が、記憶のなかからよみがえってきた。

――人間をそういうふうに観ていいだろうか。

さらに、北畠の山荘へ呼ばれたときのことが思いだされた。知ったふうに、八束の将来を予測したこと。杉乃の幸福を護るために彼女の意に反いても彼女を娶ると云ったことなど。

八束はいま藩主の側用人である。江戸家老寺田氏の娘を妻にしている。その人は(噂によると)いちど嫁して戻ったのだというが、家老の娘だということに変りはない。藩主の寵ばかりでなく、重臣たちの信望も篤いようだ。かつて、宰相の質がある、と評されたが、八束はみずからそれを証拠だてつつある。

竹柏も大きくなった。佐多梅所から貰って、植えたときに比べると、幹の太さも丈も、倍以上に育った。青みを帯びて白く粉をふいたような渋い緑色の葉が、すんなり伸びた枝えだに、いかにも品よく繁っている。

――もう十年になる、もう十年という月日が経ったのだ。

長男の小太郎は七歳になり、三年まえに長女のふみが生れた。しかし孝之助自身は相も変らぬ勘定奉行で、職制が元どおりなら、それも交代する筈である。