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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

力のある眼光や、微笑する口もとなどに、かなりはっきりと冷やかな、見くだすような色があった。……帰るとすぐに会いたかったのだが、御用が多くてその暇がなかった。ついては、明夕四時から自宅で知友と会食することになっている、ぜひ御夫妻で来て呉れるように。八束はこう云った。

――高安さん御夫妻が主賓ですから、ぜひとも来て頂きたい、ぜひともですよ。

念を押されて、孝之助は承知した。

今日は役所は休みである。四時までには岡村へゆかなければならない。妻にはまだそのことは話してないし、話せばおそらくいやだと云うだろう。そんなことも(躯の疲れより強く)彼の気持を押えつけるのであった。

「しかし、どうしたってゆかなければならない」孝之助はそっと呟いた、「――騙してでも……おれと杉乃が主賓だというのだから、どうしたって」

彼はふと眼をすぼめた。さっきからぼんやりとひとところを眺めていた、寒ざむと枯れた庭のひとところを。その焦点のぼやけた視野のなかで、一本の木がしきりに彼の意識へよびかけていた。彼はその木を眺めていたのだ、そして今、その木を眺めていたことに気がついた。その木は、竹柏であった。