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うつくしいにほんのれきし
美しい日本の歴史
吉川 英治
「週刊文春」1959(昭和34)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,561 字 · 37 页
しかしその後、いよいよ天誅組一味の大和旗挙げの機も熟したので、鉄石は淡路へ渡って、旧恩のある洲本屋へそれとなく別れを告げ、そして一晩はそこに泊った。
すると翌朝、いざ立ち際になると、前夜は得心していたはずの娘が俄に泣きみだれて、どうしても一しょに連れて行けといっておさまらない。鉄石も弱ったろうが、然し四十男の彼でもあった。
『よしよし、泣け泣け、連れて行く連れて行く』
子供をあやすように泣きじゃくる恋人の背を撫でてやった。
『ほんとに』
と、彼女はうれしげに涙を拭いた。鉄石は大きく『うん』と、うなずきながら、なに思ったか、彼女の鏡台の白粉ツボへ指を入れて、自分の鼻の頭へその白い物をすこしくッ付けて見せた。娘はハッとしたきりで言うべき言葉も出て来ない。そのすきに男はもう座を去って言い捨てていたという事である。
『いいだろ、こうして連れて行けば。――どこまでもお前の匂いは忘れッこないよ』
この話を、私は総天然色の大がかりなセシル・B・デミル指揮の現代版へ二重写しとして観ていたものだから、何ともはやユル・ブリンナーの藤本鉄石も不粋なでくの坊に見えて手が届くものなら彼の野暮にシャチコ張ッた鼻の頭へ白粉をつけてやりたくなっていたのだった。