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ふとん
蒲団
田山 花袋
「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,870 字 · 90 页
「折角支度したから、食ったらどうです。もう暫くは一緒に飯も食べられんから」
「先生――」
と、芳子は泣出した。
時雄も胸を衝いた。師としての温情と責任とを尽したかと烈しく反省した。かれも泣きたいほど侘しくなった。光線の暗い一室、行李や書籍の散逸せる中に、恋せる女の帰国の涙、これを慰むる言葉も無かった。
午後三時、車が三台来た。玄関に出した行李、支那鞄、信玄袋を車夫は運んで車に乗せた。芳子は栗梅の被布を着て、白いリボンを髪にして、眼を泣腫していた。送って出た細君の手を堅く握って、
「奥さん、左様なら……私、またきっと来てよ、きっと来てよ、来ないでおきはしないわ」
「本当にね、又出ていらっしゃいよ。一年位したら、きっとね」
と、細君も堅く手を握りかえした。その眼には涙が溢れた。女心の弱く、同情の念はその小さい胸に漲り渡ったのである。
冬の日のやや薄寒き牛込の屋敷町、最先に父親、次に芳子、次に時雄という順序で車は走り出した。細君と下婢とは名残を惜んでその車の後影を見送っていた。その後に隣の細君がこの俄かの出立を何事かと思って見ていた。猶その後の小路の曲り角に、茶色の帽子を被った男が立っていた。