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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

四

彼はビクッと身震いをして、黙ったまま、彼女の膝の上の手に、彼自身の手を重ねた。そして、段々力をこめながらそれを押えつけて行った。

芙蓉はその意味を悟ると、何も云わないで、巧みに彼の手をすり抜けて、クションの片隅へ身を避けた。そして、柾木の木彫りの様にこわばった表情を、まじまじと眺めていたが、ややあって、意外にも、彼女は突然笑い出した。しかも、それは、プッと吹き出す様な笑いであった。

柾木は一生涯、あんな長い笑いを経験したことがなかった。彼女はいつまでもいつまでも、さもおかし相に笑い続けていた。だが、彼女が笑った丈けなれば、まだ忍べた。最もいけないのは、彼女の笑いにつれて柾木自身が笑ったことである。ああ、それが如何に唾棄すべき笑いであったか。若し彼があの恥かしい仕草を冗談にまぎらしてしまう積りだったとしても、その方が、猶一層恥かしい事ではないか。彼は彼自身のお人好しに身震いしないではいられなかった。それが彼を撃った烈しさは、後に彼があの恐ろしい殺人罪を犯すに至った、最初の動機が、実にこの笑いにあったと云っても差支ない程であった。

四

それ以来数日の間、柾木は何を考える力もなく、茫然として蔵の二階に坐っていた。