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くものゆめ

蜘蛛の夢

岡本 綺堂

岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页

青空文庫

わたしは急いでその八月のぺージを繰ってみた。月はじめの三日ばかりの間には別に変った記事を見つけ出されなかったが、とにかく森君は七月の末から日光の町に滞在して、ある小さい宿屋の裏二階の四畳半に泊っていたということだけは判った。その当時の森君は或る私立大学の文科の学生であったことをわたしは知っていた。わたしは日光の古い町にさまよっていた若い学生のおもかげを頭に描きながら、その日記をだんだん読みつづけてゆくと、八月四日の条に、こういう記事を発見した。

四日、晴。午前七時起床。散歩。例に依りて挽地物屋の六兵衛老人の店先に立つ。早起きの老人はいつもながら仕事に忙がしそう也。お冬さんは店の前を掃いている。籠の小鳥が騒々しいほどさえずる。お冬さんの顔色ひどく悪し、なんだか可哀そう也――。

六兵衛老人のことも、お冬という女のことも、前にはちっとも書いてないので、わたしも一時は判断に苦しんだが、その後の記事を読んでゆくうちに、お冬さんというのは老人のひとり娘で、ちょっと目をひく若い女であることが想像された。森君は毎日この店へ遊びに行って、親子と懇意になっていたらしい。