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くものゆめ

蜘蛛の夢

岡本 綺堂

岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页

青空文庫

廿九日の牡丹餅

一

六月末の新聞にこんな記事が発見された。今年は暑気が強く、悪疫が流行する。これを予防するには、家ごとに赤飯を炊いて食えと言い出した者がある。それが相当に行われて、俄かに赤飯を炊いて疫病よけをする家が少くないという。今日でも東京のまん中で、こんな非科学的のお呪禁めいたことが流行するかと思うと、すこぶる不思議にも感じられるのであるが、文明国と称する欧米諸国にも迷信はある。いかに科学思想が発達しても、人間の迷信は根絶することは許されないのかも知れない。

それに就いて、わたしはかつて故老から聞かされた江戸末期のむかし話を思い出した。

それは安政元年七月のことである。この年には閏があって、七月がふた月つづくことになる。それから言い出されたのであろうかとも思われるが、六月から七月にかけて、江戸市中に流言が行われた。ことしは残暑が長く、殊に閏の七月は残暑が例外に強い。その暑気をふせぐには、七月二十九日に黄粉の牡丹餅をこしらえて食うがよい。しかしそれを他家へ配ってはならない、家内親類奉公人などが残らず食いつくすに限る。そうすれば決して暑気あたりの患いはないというのである。