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くものゆめ
蜘蛛の夢
岡本 綺堂
岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页
それを見送って、お銀は内へはいったが、せがれはまだ帰らなかった。筋向うの屋敷内に高くそびえている大銀杏の葉の時どき落ちる音が寂しくきこえるばかりで、夜露のおりたらしい往来には人の足音も響かなかった。
今夜にかぎってお銀はひどく寂しい。もしや出先で我が子の上に何か変ったことでも出来たのではあるまいかと、取越し苦労に半時間ほどを過したかと思う頃に、人力車の音がだんだんに近づいて来た。家主の溝口医師が病家から帰ったのか、それともせがれが車に乗って帰ったのかと、お銀は再び起ちあがって、今度は出窓から表をのぞこうとした時、表では何か口早に話すような人声がきこえた。それは溝口医師と抱え車夫の元吉の声であった。
「ともかくも家まで乗せて行け。」
溝口の命令する声がきこえて、やがて車は門前におろされた。お銀は窓から伸びあがって覗いてみると、車夫の元吉は梶棒をおろして、くぐり門から一旦はいったかと思うと、さらに内から正面の門を左右にひらいて、車を玄関さきまで挽き込んで行った。その提灯のひかりに照らされた車上の人は若い女であった。そのあとから溝口もつづいてはいった。
お銀はさらに台所へまわって、水口の戸をすこし明けてうかがうと、溝口と元吉は女を介抱して奥へ連れ込んで行くらしい。