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くものゆめ
蜘蛛の夢
岡本 綺堂
岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页
この年の五月はとかく陰り勝ちで、新暦と旧暦を取り違えたのではないかと思われるような五月雨めいた日が幾日もつづいた。その二十三日の火曜日の夜である。きょうは友之助がめずらしく早く帰ったので、お銀は夕飯を食ってから平河天神のそばに住んでいる親類をたずねた。久し振りの話が長くなって、午後九時ごろにそこを出ると、暗い空から又もや細かい雨がふり出して来た。前にもいった通り、番町辺は殊に暗いので、お銀は家から用意して行った提灯のひかりを頼りに、傘をかたむけて屋敷町の闇をたどってくると、向う屋敷の大銀杏が暗いなかにもぼんやりと見えた。
お銀のとなりの家は今も空家になっている。おととしの暮れに一旦借手が出来たが、その人はどうも陰気でいけないとかいって、去年の六月に立去ってしまった。その後にも二、三人の借手が見に来たが、どれも相談がまとまらなかった。
「高い声では言われませんけれど、どうもお家賃が高うござんすからねえ。」と、車夫の女房はお銀にささやいたことがある。
陰気でいけないのか、家賃が高いのか、いずれにしても隣りの貸家はその後もやはり塞がらなかった。しかしこの時代にはどこにも空家が多かったので、たとい小一年ぐらいは塞がらずにいても、誰も化物屋敷の悪い噂を立てる者もなかったのである。