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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页
しかし、その先が渾沌だ。
自分は、そら寝入りでいるつもりだったが、それから後は、底なしの沼へ落ちこんだよう――まったく仮死の眠りであった。
「ウーム……」と、腕をくんで、部屋のあたりを見廻すと、ハッとした、お綱がいない!
衣桁をみると、ゆうべ、かれによく似合っていた宿の貸浴衣が、皺になって脱いである。
鏡台が散らかっている。だが、お綱のものは、櫛一枚も残っていなかった。ただ抜け毛を丸めた紙屑が、お十夜の眼に、さびしく映ったばかりである。
「やッ? ……」
何をみたのか、孫兵衛。
「はてな?」といいながら、蒲団を立って、向うの畳へ手をのばした。そこに落ちていた、和蘭陀カルタの札一枚――それをつかんで、不審そうな眉をひそめたのである。が、すぐに両手をこめかみに当てて、クラクラとした唇のふるえ、
「ウウ……」と、畳へうっ伏してしまった。
胃の腑からこみ上げてくる吐き気と一緒に、口へ湧いてたまる不快な唾、そして、歯ぐきの根から、浸みだして、孫兵衛の神経を、ムウと衝いたのは――眠り薬のにおいであった。
魔薬をのんだ! いや、のませられた! ゆうべの酒! お綱のやつが、あれへ仕込んでのませやがったに違いない。