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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页
「オオひどかった……」と、つぶやく者がある。
見ると、瓦小屋の軒下に立って、ビッショリ濡れた着ものの裾をしぼりながら、久しぶりの月に思わず眼を吸われている風情。
見返りお綱であった。
月の光をうけた鼻すじが、なんといいかたちだろう。
髪も少し濡れたとみえて、ほつれ毛の渦が、象牙の白さへペッタリとついているのを、指で梳いて櫛巻の根へなでつけながら、
「困ったねえ……とうとう今夜は宿をとりそこなってしまった。こんな御難に会うというのも、みんなお十夜のため、あんな奴こそ、さッきの雷にうたれて死んでしまえばいいのに」
腹立たしそうに独り言を洩らしている。
すると、そこから六、七間離れた向うの小屋にも、誰か人影が立っていたので、お綱は、なんともつかずにぎょッとした。
執念深いお十夜かと思ったのである。だが、まさか……と思いなおして見ると、先でも気がついたとみえて、チラとこっちへ顔を向けたが、別に気にとめる様子もない。
お綱は、今の動悸の消えないうちに、またあわただしい胸騒ぎを重ねた。けれど、それは前の不愉快な驚きではなく、あまり不意に与えられた喜びの狼狽であった。